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うるせえな。
普段聞かない騒がしい声に、風邪で寝込んでいた俺は眉間にしわをよせながら目を覚ました。
おもむろに手を伸ばし、こじゃれたアンティーク調のカーテンを開くと、夕陽に滲んだ曇りガラスが薄暗い部屋にわずかに光を射し入れる。その黄色がかったピンク色に、俺はさらに顔をしかめると、カーテンを閉めた。
がやがやと騒々しいのは下の階か。
まだ店は営業時間内。そろそろまた混み始める時間だろうに、なんたってこっちに人がいるんだか。
と、思ったら、階段をどっすどっすと上がってくる音がして、俺が振り向くより早く、バーンと勢いよく扉が開いた。
驚いて身を引くと同時に、ノックぐらいしろよ! と叫ぶ――手前でぐっと言葉を飲みこむ。あぶねえ。
顔を出したのは親方だった。
よほどパン職人とは思えない狩人のような筋肉質の巨体が、粉にまみれた白いコック服に包まれて、外に出る際は必ず外すはずの帽子もかぶったままに、それを振り落さん勢いでぎょろりと部屋を見渡す。
「やっぱりいねえか」
金管楽器チューバのような低音でうなるようにつぶやいた親方は、そのまま扉を閉めかけて、再び開いた。
青みがかった緑色の瞳が俺を凝視する。
「おい、起きてたのか」
「今起きました」
「そうか」親方はそう答えて、閉めきったカーテンをうさんげに見やった。「……陰気くせえ部屋だな、まったく。換気しとけ」
「すみません」
こっちは病人なんだ、という言葉も出かかったところで飲みこむ。
口応えなどしたら、病人ではなく怪我人になりかねない。
下の階はまだ騒々しかった。
すまして聞けば、どうやら知った声ばかり。なるほど、やはり店の連中だ。
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