1人が本棚に入れています
本棚に追加
おそらく学校指定の革の黒鞄。
フェイクレザーの黒靴。
制服からして、僕とは違う学校の生徒であることは間違いない。
これはいわゆるスペシャルレアな一目惚れだ。
艶のある髪は肩にかかるほどの長さ。
目はぱっちりしていて、まつげが長い。
鼻は丸っこくて、かわいらしい。
口は少し微笑んでいるようなカーブをえがいている。
僕は、彼女を横目でちらり、ちらりと見る。
心臓はドキドキ。
胸がしめつけられるように苦しくなる。
ただ彼女を見ているだけなのに僕の体はかちこちにかたまり、どんどん緊張してしまう。
「くしょん」
彼女がひかえめなくしゃみをした。
鼻を軽くすすりながら、文庫本に目を落とす。
文庫本には紙のカバーがかかっていた。
彼女は何を読んでいるのだろう。
僕は彼女をじっと見つめていた。
僕は彼女が好きだ。
どこの誰だかわからない。
話をしたこともない。
本を読んでいる以外、何かをしている姿を見たこともない。
でも、僕は彼女に心を惹かれている。
自分でも説明がつかないこの気持ちこそ一目惚れというのだろう。
もちろん僕はこんなふうに見ているだけでいいとは思っていない。
声をかけたいし、話もしたい。
デートもしたい。
でも彼女に出会ってもう三週間近くになるが
一向に進展らしいものはない。
× × × ×
僕は部活が終わると徒歩で京阪三条駅へと向かう。
そして特急列車に乗って中書島駅で降りて、家に帰る。
しかし、三条河原町は京都の繁華街である。
いつも寄り道をするのが当たり前となっていた。
僕は甘い物が好きなので、新店のカフェへひとりで行って、女子たちに混じって、ケーキやパフェ、タルトをもそもそ食べることもある。
マルイの4階にある本屋はとても居心地がよい。
立ち読みの常連客である。
無印やロフトなんかは何時間いても飽きない。
とにかく、学校が終わってそのまま家に帰るということはまずない。
そのため、僕はいつも少し遅めの電車に乗って家に帰る。
でもあの時・・・
僕はどこにも寄り道をせずに駅に向かった。
寄り道しなかった理由は、「ただなんとなく」である。
でも、そのなんとなくにも意味があるのだと思った。
その寄り道をしなかった日に、そんなまれな日に、
僕は彼女に初めて出会ったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!