17人が本棚に入れています
本棚に追加
1年前、あいつが突然、私達の前に現れた。
あいつは、私に復縁を迫った。私はそれを拒否した。
過去を、あの理不尽な暴力を水に流す事なんて出来なかった。
拒否すると、あいつは職場まで押し掛けてきて、共に不幸になろうと笑った。
ゾっとした。寒気がした。あの不毛な暴力の日々が蘇った。
あいつから逃れるために、私とあの子は引越しを繰り返した。
そして、私は職場を転々とした。
そんなあいつが、自ら命を絶ったのは半年前だった。
マンションの屋上から飛び降りた。
死体は、見るも無残に潰れていたという。
ざまあみろ。いい気味だ。罰が当たったんだ。心の底からそう思うのに、何故か涙が溢れた。
すべての思い出から、あいつに都合の悪いものだけが取り除かれ、鮮やかな映像として蘇る。悔しい……
最後まで、あいつは卑怯な男だった。
死体は、右手の小指だけが無くなっていた。
そのせいで、当初は他殺の線も疑われ、私にも容疑がかけられた。
私には、あいつを殺すだけの充分な動機があった。
実際、殺したいと思う事もあった。でも、それを実行に移す必要はなかった。
あいつは、自ら命を絶った。
屋上には争った形跡も無く、ドアの鍵も外から掛けられていた事から、最終的には、あいつの死は自殺と断定された。
あいつの小指は行方不明のまま。
数日後、あいつの葬式が行われた。
参列者の少ない、寂しい葬式だった。
あいつのこれまでの人生を物語る、そんな寂しい葬式だった。
あの子は黙ったまま、何時間も父親の遺影を見つめていた。
雨が降る、そんな寒い夜だった。
最初のコメントを投稿しよう!