梟が笑う

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1年前、あいつが突然、私達の前に現れた。 あいつは、私に復縁を迫った。私はそれを拒否した。 過去を、あの理不尽な暴力を水に流す事なんて出来なかった。 拒否すると、あいつは職場まで押し掛けてきて、共に不幸になろうと笑った。 ゾっとした。寒気がした。あの不毛な暴力の日々が蘇った。 あいつから逃れるために、私とあの子は引越しを繰り返した。 そして、私は職場を転々とした。 そんなあいつが、自ら命を絶ったのは半年前だった。 マンションの屋上から飛び降りた。 死体は、見るも無残に潰れていたという。 ざまあみろ。いい気味だ。罰が当たったんだ。心の底からそう思うのに、何故か涙が溢れた。 すべての思い出から、あいつに都合の悪いものだけが取り除かれ、鮮やかな映像として蘇る。悔しい…… 最後まで、あいつは卑怯な男だった。 死体は、右手の小指だけが無くなっていた。 そのせいで、当初は他殺の線も疑われ、私にも容疑がかけられた。 私には、あいつを殺すだけの充分な動機があった。 実際、殺したいと思う事もあった。でも、それを実行に移す必要はなかった。 あいつは、自ら命を絶った。 屋上には争った形跡も無く、ドアの鍵も外から掛けられていた事から、最終的には、あいつの死は自殺と断定された。 あいつの小指は行方不明のまま。 数日後、あいつの葬式が行われた。 参列者の少ない、寂しい葬式だった。 あいつのこれまでの人生を物語る、そんな寂しい葬式だった。 あの子は黙ったまま、何時間も父親の遺影を見つめていた。 雨が降る、そんな寒い夜だった。
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