0人が本棚に入れています
本棚に追加
7
もしかしたら人間はあらかじめ意図的に不具合を組み込まれているのかもしれないとフジモトがそういうので、僕は彼の頭が正常であるか心配になる。一足す一はと彼に問うと三だと答えるので救急車を呼ぼうとすると彼はそれを制して嘘だよとおどけて見せる。
「けれどよく考えてみてほしい。俺たちの感じる悲しみってやつは、俺たちを悲しませることしかできないんだぜ?」
もしも僕たちを楽しませる悲しみがあったとしたらそれは悲しみではないだろう。僕がそういうと、だから不具合なんだよと彼は答えた。
僕もその意見に同意だった。僕たちを悲しませることしかできないそいつは、どうしてあたりまえのような顔をして僕たち人間の中にインプットされているのだろう。
女の子に振られて発生する悲しみ、そこから流れる涙にはどんな意味があるのだろう。僕には判らなかったし、どうやら彼にも判らないようだった。
「俺は女の子に振られたことはない」
彼はそう言った。それから、告白したことも付き合ったこともないからなと続けて笑った。
「だから本当の意味でお前を理解してなんかいないし、そもそも、そんなことをできるやつはいない」
お前を一番理解できるのはお前自身なんだよなあと呟き、それからしばらく沈黙が続いた。
僕は僕のことを理解してなんかいなかった。理解する努力はすれど、少しも理解できた気にはなれなかった。
それをもどかしく感じることはある。けれどそうなると、ともすれば他人を理解するという行為は、とてつもなくもどかしく、無理困難な作業であるのかもしれない。
僕はなんだか、彼に対して負い目のようなものを感じた。しかし「ごめんなさい」とだけはいいたくなかったので、帰り際にこう言い残すことにした。
「もしも君がどうしようもない悲しみに襲われたとき、そのときは僕を呼んでくれるといい。僕は君の頭を撫で、愛の言葉の一つでも囁いてあげるから」
最初のコメントを投稿しよう!