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 それはとても危険な、あるいは僕の心の傷を広げる可能性のある、リスクの高い行動であった。けれどそうしないことには僕は納得がいかなかったし、ノゾミさんは僕の質問にきちんと答えてくれるような人間であると僕は信頼していた。僕は僕を振った相手を、心の底から信じていた。 「ノゾミさんはどうして僕を振ったのだろう」  あいもかわらずに、青く静かな朝の教室で文字を読む彼女に、僕は静かにそう問うた。  彼女は以前の再現のように小説を閉じ、とてもゆっくりとした動作で僕を見た。透き通るようにきれいなその眼を覗き込むと、汚い僕の姿がその先に映り込んでいる気がした。 「嫌いじゃないの。嫌いじゃないけど、好きじゃないの」  歌うようにそういって、彼女は続ける。 「でもそれじゃあどうして好きじゃないのかって問われると、それはどうしようもないとしかいえないな」 「どうしようもない」  僕が繰り返すと、彼女は小さくうなずいた。 「好きと嫌いとそうじゃないとの判別なんて、生まれたときから決まってるから」  僕は授業中、そうして家に帰ってご飯を食べ布団に入るまで、彼女の言葉を頭の中で反復させた。  もしも好きと嫌いとそうじゃないとが、生まれたときから既に決まっているとしたら。そうだとしたら、確かにそれは、どうしようもないとしかいえない。  そうして、だとするならば、僕の抱えるこの悲しみもまた、どうしようもないものなのだろうか。答えを得たように思えた僕は、なんだかすべての答えをいっぺんにして失ってしまった気さえした。
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