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「善だけには、知られなくなかった―…」
小さく、それだけを呟いたキミの瞳からは、何故か大粒の涙が溢れていて。
「かずはっ!!」
慌てて駆け寄ろうとしたオレを避けるように和波は、涙を手の甲で雑に拭いながら、自分の部屋の中の“誰か”を追い掛けてオレの前から消えて行った。
オレは、ただ。
その姿を見詰めるだけで、追い掛ける事も出来なかった。
「なに…泣かしてんだよ、オレのばかっ―…、」
真っ暗なベランダに、オレの掠れた声だけが響いて、怒りにまかせて殴った鉄格子が、また派手な音を鳴らす。
ジンジンする、手の甲が。さっき無造作に涙を撲った、和波の手と重なって余計に苦しくなった。
まさか、泣くなんて思わなかったから。
和波の相手を知った痛さより、
この手の痛さより、
和波を泣かせてしまった事実の方が、
今はよっぽど痛い。
こんなつもりじゃ、なかったのに。
和波を泣かせるつもりなんて、微塵もなかったのに。
何で、こんなことになってしまったんだろうか―…。
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