戻れないワケで

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気が付いたときには、見覚えのある懐かしい森の中に転がっていた。 様相こそ多少変わっちゃいるが、あの森に間違いない。 ーー遡ること16年前。 仕事も軌道に乗り、私生活もそれなりに満喫していた頃だった。 「……ん?」 今のように森に転がっていた俺は、置かれた状況の異常さに気付いた。 一切の生命が感じられない、朽ち木の森の中。 そこから僅かに差し込んだ柔らかな陽の光の下に、俺は転がっていた。 「ってぇ……」 あの頃はまだ若かったっけ……。 で、気絶していた時間の長さを物語る身体の痛みと格闘しながら、俺は森の中を歩き出した。 一歩を踏み出す度に枯れ葉が宙を舞い、足音が森林内に静かに響く。 墨汁を零したような漆黒の森は、色のある世界に慣れ親しんだ俺にとっては異様な光景だった。 とは言え、ただ無意味に歩き回っていただけじゃない。愛用するカメラでそこら中を写して歩いた。 ジャーナリストーー専門はゴシップーーである俺にとって、カメラは命よりも大事だ。体の一部みたいなもんでもある。職業病か、俺はカメラを構えずには居られなかった。 尤(もっと)も、それは無駄なことだったんだけどね。 元の世界に帰ってから現像してみたら真っ黒だったし。 「キーっ」 そこでひょっこり顔を出したのが、ゆで卵に短い手足を生やしたような黄色の生物ーーもとい、リート。 俺が子供のように可愛がっている、イドというある強い感情が具現化したものだ。 平たくいえば、生きる感情。 リートは喜びが具現化したものだ。俺が初めてサーカスを見たときに現れたからか、ピエロのような顔をしている。 「リート、どうした?」 ラスカルのような声で普段にも増して忙しなく騒ぐリートに問い掛ける。 「キー!」 恐らく俺にしか理解できないのだろうが、向こうに何かあると言って駆け出したリートに付いていく。 いや、どこから出したのか分からない玉に乗っていたから、駆け出したのとは少し違うか。 まあこれが、あの時も今も、異世界に来たにも関わらず平静を保てていたワケだ。 他にも悲しみのイド・ゼーや、怒りのイド・ハイス、妬みのイド・エンという子がいる。 彼らは滅多に人前に出ず、大抵住処である俺の影に潜んでいる。 多分、自分たちが異質な存在だと気付いているのだろう。 ほんと、頭が下がる。
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