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俺はいつも通りに自転車を漕いで、坂道を下っていた。機嫌良く鼻歌を歌いながら、無遠慮に伸び散らかした草を避けながら。
なんの脈絡もなく、突然下腹部に鋭い痛みが走った。反射的にそこへ目を遣ると、ナイフらしきものの刃が自分の腹から生えていて、ちょっとびびった。
防衛本能かなにかだろうか。既に事態をなんとなく受け入れていた俺は、取り敢えず敵にダメージを与えようと、手を凪ぎ払うように振り回した。重ための手応えを感じた。ナイフの持ち主らしい男(呻き声で判別した)にクリーンヒットしたようだ。自転車がすごい音をたてて倒れたが、この際気にしたら敗けだ。このまま逃げられたら困るから、何か人質にとれるものとかないかな。あ。俺は空かさずそいつの腕を抑え、カッターで力一杯手首を引き裂いた。引き裂いたといっても格好良くスパッとはいかずに、鋸で切り落とすみたいな感じだったけど。
人間その気になったらなんでもできるんだなあ的な感動とともに、一瞬忘れ去られていた痛みが襲ってきた。目の前の男ものたうち回ってる。おいお前、なに痛がってんの。
「誰の所為でこうなったと思ってんだよ……ねえ、聞いてる?」
男の顔を覗きこむついでに、切り落とした肉塊を拾い上げてしげしげと観察してみた。神経とか骨ってこうなってんだ、うげえ。
「おっさん、名前は?」
相変わらず男は喚くばかりで、段々腹が立ってきた。
「……もういいよ、病院が先、」
あ、いいこと思い付いた。
「ねぇおっさん、俺を病院まで送ってってよ」
この自転車で。
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