その日の晩の話

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吉田 嗣巳 小さい頃から欲しいものは今まで何でも手に入った。 育ちがいいと言われようが、別になんとも思わない。 ただ「欲しい」と言った物が手に入る世界で育った俺は そのうちキラキラしたものや、誰もが欲しがる物に興味を持たなくなってしまった。 というか飾ってある物より元々素朴な物が好きで、派手なものに興味なんかない。 「ねーねー、嗣巳!“コレ”何か分かる?」 ある日、見た目はヤンキ―としか思えない髪をピンクに染めた友達が、嬉々として薄汚いノートを俺に持ってきた。 「なにそれ?」 「嗣巳のファンクラブ会員ノートだって、超うける!」 「あ、そこ笑うとこなんだ…」 「モテる男は大変だね?」 「それはいいけど、そんなモノどこで入手したんだ?」 「それは、企業秘密」 「あぁ、そう…」 呆れたように呟く俺をよそに、本当どこで手に入れたのか俺のファンクラブ会員が載っているというノートを読み始める友達。 それを止めることをしないかわりに、軽く溜息を吐く。 前々からそういうファンクラブがあることは知っていたけど、他人の趣味に俺がどうこう言える立場でもないし、これといった被害にあったこともない。 正直、他人にどう思われているかなんてあまり興味なかった。 「へぇ、さすが嗣巳。男にも人気あんね」 「え、マジ?」 それは初耳だった。 さすがに気になって目をやると確かに、男子生徒一覧の写真と簡単なプロフィールが載っていた…。 「ぶはっ!こいつとか、ロゴ“死死死”とか可哀そう!しかも超平凡じゃーん」 「あのさぁ、こういうの見るのってあんま…」 そこまで言いかけて俺は固まった。 ページに貼られていたのは証明写真だろうか。 そこに映っていたのは、 (あ、この子…) 俺はこの子を知っている。 移動教室ですれ違う時、たまに目が合う事があった。 最初は気のせいだと思っていたのに、なんとなく彼がこっちを見ているんだということに後から気付いた。 俺が彼の視線に気づくと、彼はすぐ顔をそらしてしまうが、それが毎回あからさま過ぎて記憶に残っていた。
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