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「ここ、座りなよ」
ぽんぽん、と。花時計を囲むようにして設置されたベンチに腰掛け、彼はすぐ隣を示して朗らかに笑った。
ようやくの好天の気配にどこからか顔を出した鳩たちが、餌が落ちていないかと地面を突っついては時折水溜りに顔を突っ込んでいる。
「あれ、見てみ?」
彼の指先は、その中の一羽を指していた。
純白の鳩。群れから浮いた、異質な鳩。
「たまにみるよね。あーいう鳩。だけどやっぱりさ、仲間にはいじめられやすいだってさ」
彼からすれば、ちょっとした雑学を披露したつもりだったのかもしれない。
だけれどわたしには、そうは受け取れなかった。整った容姿ゆえに距離をおかれる、自分に投影してしまう。
「でもほら、もっとよく見てみ?」
あらためて、指の先に目をやる。
白い鳩。わたしの同類。ともすれば標的にされる、弱い存在。
それだけではなかった。その鳩には、常にもう一羽がそばにいた。まるで、守るように。
「やっぱさ、どこの世界にも守ってくれるやつってのはいるものなんだよ」
ーー俺みたいに。
言外にこめられた声が聞こえた気がした。
あー、まったく。
“ちょっとした雑学を披露したつもり”だなんて、彼を美化しすぎだ。彼は決して清廉ではなくて、時として小狡くて、どうしようもなく優しくて。そんな彼に、わたしは誑かされたのだから。
世界が光に満ちているように見えた。
水溜りが、雲の切れ間から降り注いだ陽光を反射しているから。そんな理屈はどうでもいいんだ。
ただ、彼のいたずらっぽい笑みに見惚れられる。
この瞬間が重要なのだから。
六月の花嫁も悪くないのかもしれないと、そんな青写真をえがける、この瞬間が。
了
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