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知ってるか。母校の制服なんて、コスプレですら着やしない。
ましてや、三十路を目前に控えた、有象無象の代表を自認するおっさんにとっては無用の長物でしかないと。
クローゼットの奥底にしまい込まれていたそれが、懐かしさと埃で鼻先をくすぐる。
古めかしいデザインの学ラン。バブル世代を彷彿とさせる勇ましい肩パッドは、未だ臨戦態勢を保っていた。どうりで、場所をとる。
思い出の品であるはずなのに、あらためて眺めると邪魔なだけの布切れに思えてくるものらしかった。ただ、一箇所をのぞいて。
上から数えて、一つ、二つ。
第二ボタンが欠けている。
俺にもあったんだ。漫画みたいな出来事が。卒業式の開幕を控えた、早朝に。まだひと気のない校舎の片隅で。主人公になれた瞬間が、確かにあったんだ。
奥歯を噛んで、小さく首をふる。やっぱり、捨てられそうになかった。
「クローゼット、整理できそう?」
第二ボタンを奪い去っていった犯人が、膨らんだお腹を、やさしく撫でている。
なんとかするさ。思い出の制服は、捨てられそうにないけれど。
これからの主人公のために。
三人目の家族のために。
俺たちの子供のために。
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