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加賀透(かが とおる)はイライラしていた。
原因は多忙につぐ多忙だ。加賀が配属する公安八課は絶望的なまでに捜査員が足らず、追い打ちをかけて、長期の未解決事件を抱え込んでいた。通常の犯罪捜査ならまだしも、加賀の肩書きは《対特殊テロ捜査官》であり、特殊とは《人外》を意味していた。
東京が複雑に成熟するなかで、人の常識では計り知れない存在も同時に生まれていく。そんな異物どもが事件に顔を出し始めたのが一年前のこと。加賀が抱える重責は日増しにふくれ上がっていた。
「先輩。もう警察庁に戻りませんか?」
加賀に対する愚痴はこれで四回目であった。部下である御山(みやま)は極度の面倒くさがりであり、さらに極度の合理的主義者であった。八課のデータベースと呼ばれている御山は、事あるごとに加賀の行動に口をだす癖があった。
しかし現状においては御山に正論の旗は上がりつつある。加賀の思いつきともいえる行動に付きあう形で、すでに池袋の雑踏をスーツ姿で三時間も歩きまわっていた。
季節は梅雨明けの七月、絶好の《熱中症》日和である。
「先輩が急に池袋に行くなんて言い出すから、日頃の感謝を込めて旨いものでも奢ってくれると思っていたんですけどね」
「お前に感謝される覚えがあるが、する覚えは一つもねえよ」
「そろそろ教えてくださいよ。今度は何が起こるんですか?」
加賀は御山を何の説明もなく連れ回していた。説明するだけ手間だったからだ。
「……嫌な予感がする」
「またそれっすか。勘弁してくださいよ」
「俺の予感が外れたことはあるか?」
「明らかに外れが多いですけど」
「あのな、俺だって眠いのを我慢して――ッ!」
その時、加賀の予想は的を射抜いた。
だがしかし、人が渦巻く池袋で、こんな狂気を起こすとは思っていなかった。
「うわっ!」
御山が大声を上げた。
池袋駅東口の入り組んだ路地にて。
改装中の廃ビルが突如、大爆発を起こしたのだ。道路に降り注ぐガラスがガシャガシャと耳障りな音を響かせ、真っ黒の噴煙が小さな窓から溢れんばかりに噴き出している。屋上より舞い上がった給水タンクが激しく回転しながら、人混みだらけの道路に叩き落された。劈くような衝突と悲鳴。周辺は一気にパニックへと引きずり込まれた。
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