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そして俺たちが見たものは、絶対に見たくなかったものだった。
「……なんだよ、これ」
婦警のコスプレをした悠がステージに登場してきただけの時は、まだよかった。
悔しいけどかなり可愛いし、こんな時にしか絶対に見られない姿だと思うから。
だけどその後の悠の言動が、俺の苛立ちを最高潮まで持ち上げた。
『……ふふっ、冗談よ。こんなことじゃ打たないわ。……え?なぁに?その、『打たれたかった』っていう顔は』
いつもの声よりも、少し高めで滑らかな声。
上から目線なのに口元に描かれている弧は妙に色っぽくて、観ている者を皆、虜にする。
『仕方ないわねぇ……打ってあげるわよ。あなたのハートを、ね?バキュンッ』
俺の知らない、悠の顔。
俺の知らない人間に話しかけて笑い、俺の知らない悠の立場をこの時初めて、痛感した。
たくさんの生徒からの支持、人気、期待、何となく分かっていたつもりだったけど。
あまりにも、俺の知らなさすぎる世界だった。
次々と悠は見たこともない姿と表情で、文化祭というステージを華やかに染めていく。
これは、ただの文化祭という行事の中でやるものだと頭では分かっているのに。
終始、苛立ちが治まらなかった。
『どこをジロジロ見てるのぉ?あ……も~う、エッチなんだからぁ~。少しだけなら見せてあげるよ?…………ほら』
やめろ。
『……おしおきを、してあげましょう』
やめろ。
『私は永遠に、ご主人様のお傍におります』
やめろ。
『今日は本当にありがとうございました!!!みんな、愛してるよー!!!』
ぐしゃり。
俺の掌の中で、文化祭のパンフレットが歪められた。
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