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だが桜は裕子の手を取るとその手を自分の胸に当てる。
「感じますか? 麻矢さんの心臓と思いはここにあります。彼女がいたから今の私がいます。この気持ちを伝えたかった。いくら感謝しても足りないくらいです」
暖かくも優しい笑顔を向けながら、桜は麻矢の両親に言葉だけでは伝えられない程の感謝だと伝える。
裕子の手には鼓動の感触が伝わる。我が子の命が起こした奇跡。
美羽の死があり、麻矢までも失ったと思っていた。だがここに麻矢が生きた証がある。
いや、生きている。
彼女の意思はちゃんと役目を果たしていた。そう思うと報われる。
裕子の目から一筋の涙がこぼれ、彼女は桜の胸に耳を当てた。
「良かったね麻矢。あなたの思いはちゃんと報われたわよ。……お母さん、嬉しいよ。ちゃんと助けられたね。本当に良かったね」
例えもう会えなくても繋がりはある。麻矢の思いは報われた。
それを知れただけで十分過ぎる喜びを感じた。
「水無月さん。桜の父の姫野 亮と申します。初めまして」
「初めまして。水無月 俊哉です。姫野さんはこのことはご存知だったんですか?」
「……はい。娘と未来君からはずっと前に話は聞かされました」
「……そうですか」
初めて言葉を交える二人。命の恩人の父。もう一方は助けられた娘の父。
この構図はどことなく硬い雰囲気を醸し出している。
亮は二人から麻矢の話を聞かされた時に思っていた。ちゃんと感謝を伝えなければと。
それが今日のような門出の日になるとは思わなかった。だがこれは望んでいたことだ。亮はバッと頭を下げて感謝を伝えた。
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