さよならを言う前に

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咲子のものは何も帰ってこないままで、慰霊碑が建てられたということを知った後も足を運ぶことが出来なかった。 事故から1年の月日が経つ前に、神崎から家事用のアンドロイドを貰った。 はじめは要らないと拒否したが、そのアンドロイドは自分が思っていたよりも賢く、返事は簡単ではあるが会話が出来ることに驚いた。 自宅で会話が出来ることで、幾分か寂しさは紛らわせた。 そのとき何を思ったのか、アンドロイドの販売元に問い合わせてAIの改造を頼み込んだ。 俺の持っている、咲子との記憶を出来る限りAIにコピーするのが目的だった。 それからは、アンドロイドを咲子として共に生活する日々が始まった。 ちょうど事故から1年の追悼式には出なかった。 もうその頃には、おそらく俺の頭はおかしくなっていたのだろう。 その期間があまりにも長くて、今はぼんやりと夢から醒めたような心持ちだった。 こうしてあの日のことを思い返しても、どこかまだ他人事のようだった。  自宅に着いた頃は、もう夜10時を過ぎていた。 車の中から石碑をずっと眺めながら考えていたために、片道二時間にも関わらず随分と帰宅までに時間がかかってしまった。 「ただいま」 「おかえりなさい。ご飯支度するね」 「いや……今日はいい。もう休んでいいよ」 「分かった。じゃあ、おやすみなさい」 アンドロイドがリビングに戻っていく。それを見届けてから、自室に入った。  すべてを受け止めなくてはならないと思った。 まだ俺は、咲子が逝ってしまったことを実感していない。 携帯を取り出して、留守番の記録を表示した。 そこに一件だけ未再生のものがあった。 5月24日、午前9時40分。咲子からだった。 事故があった後は聴くのが怖くて、ずっと再生出来ずにいた。 そして、時間が経つうちにこの伝言の存在は忘れてしまっていたのだった。 このメッセージを聴かなければ、ずっと咲子と繋がっていられるような気がした。 これを聴いてしまえば、咲子は本当の意味で遠くに行ってしまうのだと分かっていた。 しかし一番咲子の近くに居た自分が、彼女の死を認めないでいるというのは、彼女に対する一番の裏切りなのではないかとも考えた。 携帯を持つ手が震える。 緊張と虚しさで、腹の底から身体が震えだした。 どうしようもない葛藤の中で、それでも聴かなくてはならないと再生ボタンを押した。
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