さよならを言う前に

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「ただいま」 扉を開けて、リビングに入るとソファに座っていた妻の咲子がこちらを見た。 「おかえりなさい」 咲子の柔和な声が聞こえる。 そういえば、もうすぐ咲子の誕生日だった。 結婚してもう2年になるが、イベントごとは欠かさないようにしていた。 思い出を、たくさん作っていかなくてはならない。 いずれ年老いていくにつれて、話せる二人の思い出が増えるのだから。 誕生日とは別に、旅行を計画していた。 旅行は以前計画したにもかかわらず、結局行くことは叶わなかった。 今日は仕事帰りにパンフレットをいくつか貰ってきた。 「これ、貰ってきたんだ。一緒に見ようよ」 「うん」 「咲、海好きだったよな。あれ、山派だっけ」 「どっちも好き」 「じゃあどっちも行ける所に行こう。ハワイとか?」 「いいね」 「ハワイか…パスポート作らないと駄目だな」 咲子は立ち上がり、キッチンへ向かったようだった。もうすぐ夕飯の時間だった。  夕飯を食べ終えてからも、パンフレットを並べて検討する。 出来ることなら海外は少し先にして、楽しみを残しておきたかった。 それにやはりお金もある程度かかることなので、自分の給料では考えなくてはならない。 咲子は洗いものを終えてテレビを見ていた。 テレビには、2年前の飛行機墜落事故の追悼式がもうすぐ行われるというニュースが放送されていた。 『旅客機初の完全自動運転を夢見た先での大事故、世の中にAIが普及している現状の中で起きた悲劇は、今なおも忘れられることはありません』 『そうですね、完璧とまで言われた膨大な試運転の回数にも関わらず、あのような事故が起きた背景には、反人工知能派の暗躍も……』 テーブルに足が引っかかり、上に置いていたリモコンが落ちた。 咲子は途中で消えたテレビから、俺の方へ視線を向ける。 「大丈夫?」 「大丈夫、でも足の小指はかなり痛いかも」 おどけるように笑って、ジンジンと痛む足の小指を触った。  久しぶりに迎える休みの日の朝、気分転換に散歩へ出かけた。 普段は忙しない通勤ばかりで、景色が変わっていくことにはことごとく鈍いのだ。 自分が小さい頃は、漫画に出てきたようなロボットがこうして自分の生活に溶け込むようになるとは思ってもみなかった。 テクノロジーは日々進化していき、知らぬ間にそこにあることが普通になっていく。
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