さよならを言う前に

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「まだ、結婚して3ヶ月でした。人はいつか離れていくものだと思っていたのに、そんな考えを覆してくれたのが彼女でした。現実を受け止めたくなくて、去年はここに来れなかったんです」 「なるほど……しかし、あなたは今ここに居る。向き合う覚悟が出来たんですな。それだけで十分だ。もう、あなたは大丈夫でしょう」 「そうでしょうか。受け止めても現実味がなくて、泣くことも出来ません」 「泣くことと、現実を受け止めることは別ですよ。泣くときは、葛藤を抱えながらも前に進みたいときに出るものだ。良かったら、ここに居る色んな人を見てみると良い。あそこに居る彼は、今の会社を辞めて、反人工知能派の一つと言われる企業の中枢に入るそうだ。そこで、事故を引き起こした証拠が隠されていないか、生涯かけて探すと決めたそうだよ」 男性が示した先には、静かに前を見ている中年の男性がいた。 彼は、ある種の復讐の道を選んだのだろう。 仇であるかもしれない企業に入るなんて、相当な覚悟が無いと出来ないはずだった。 「あそこにいる彼女は気持ちの整理がついたのに、どうしても泣いてしまうと言っていた。1年前もそうだったよ。前を向こうと思っても、事故のことを思い出すと駄目なんだそうだ」 プレートに縋りついていた女性のことを言っていた。泣きながらも、ここへ来ているという事実だけで自分よりかは幾分も強い。 「君と同い年ぐらいだね。彼女は旦那さんを失くしたそうだ。愛情深い女性なんだろうね」 自分と似た境遇にあるのかもしれない。そう思った瞬間、周りの景色が目に入ってきた。  ふと、辺りを見回した。 ここに居る誰もが大切な誰かを失っている。 泣き叫ぶ人も居れば、じっと石碑を見つめている人も居る。 プレートに向かって、話しかけている人も居る。 人それぞれに、現実を受け止めてここへやってきているのだ。 自分もやっと、咲子と向き合うことが出来たのかもしれない。 この大事故で大切な誰かを失った人と、失わなかった人との間には何の差があったのだろうか。 失った自分たちに、足りない物は一体何だったのだろうか。  男性はお礼を言って、向こうへ歩いて行った。 自分も咲子の名前を見つけるために、プレートの方へ歩いて行った。 咲子の名前は、左端に近い場所に彫られていた。
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