さよならを言う前に

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名前を見ても、名前があるというだけで、本当にこの事故に巻き込まれたのだろうかと疑ってしまう。 もしかしたら、どこかで生きているんじゃないかと。 石碑の向こうに見える海を眺めた。  事故の日、咲子は地元で開かれる同窓会に参加するために出かけて行った。 飛行機を予約した時には、あんな特殊な飛行機に乗るなど一言も言っていなかった。 だからこそ、たまたま同じ名前だったんじゃないかと、余計な可能性を考えてしまう。 しかしこうして2年もの間、咲子が帰って来ないという事実がある。 考えるだけ無駄だということは分かっていた。      あの日は、想像を絶するような混乱があった。 ニュースは飛行機事故一色で、新聞も号外が出ていたという。 そんなことも知らず、いつものように一仕事を終えてから休憩に入って携帯を確認すると、何件かの留守電が入っていた。 見知らぬ番号と、神崎と、咲子からだった。 新しい方から録音を聞いた。見知らぬ番号とは警察からだった。 そこには、10時30分発の便が事故を起こしたこと、事故の概要、搭乗者に咲子の名前が確認されたことが吹き込まれていた。 気が動転して、携帯でニュースを探した。探すまでもなく、大事故のことは大きく掲げられていた。 家に急いで帰って、テレビでニュースを見た。 死亡者の確認がとれるのは航空機を海から引き上げてからだという報道を見て、絶望した。 例え墜落の際に奇跡的に生き延びることが出来たとしても、長時間海に投げ出されればどんなことになるかは嫌でも想像がつく。 つまり、生存者がいないということだった。それは信じがたい事実だった。 その日は、それからずっと咲子に電話をかけていた。何度かけたか分からないが、結局その電話は繋がることはなかった。 神崎には次の日連絡をした。 どうやら報道番組で全搭乗者名が出たらしく、その中に「ヨシカワサキコ」という名前を見つけて急いで連絡をしたと言っていた。 本人だと分かると、神崎はしばらく無言になり、あまり思いつめるなよと言って電話を切った。 事故から数日後に飛行機はほぼ完全に海から撤去され、事故の原因を探るために警察に回収されたそうだ。 エンジントラブルが発生した原因も、AIが細工されていたかどうかも、未だはっきりとした証拠がない。 あれが事件だったのかも分からなかった。
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