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「よし、忘れ物はないか?」
父親の声に、英実は自分の荷物がちゃんと積まれていることを確認する。
「大丈夫。」
「俺も。」
「よし、じゃあそろそろ行くか。お母さん、行くよ!」
父親が少し声を張り上げる。
振り返ると、まだ母親は山本さんと話し込んでいた。
「いい?冷凍庫の中にカレーと煮物が作り置きしてありますからね。ちゃんと食べるのよ。」
「はい。」
「あと、洗った服は、廊下のタンスの引き出しに入れてありますからね。」
「はい。すみません。」
「そうそう、お隣からお借りしたお鍋は、ちゃんと返しておいてね。」
「はい。」
英実は思わず兄を見上げる。
すると兄がこそこそと耳打ちする。
「なんか、親子みたいだな。」
「うん。」
2人で顔を見合わせ、笑ってしまった。
ようやく母親が車に乗り、出発の準備ができる。
英実はどうしても言いたいことがあって、窓を開けた。
「山本さん、色々とありがとう。」
「いいえ。こちらこそ楽しいお正月でした。」
「私もです。」
「英実さん、あのことですが。頑張って下さいね。」
「はい・・・!」
力いっぱい頷くと、山本さんが嬉しそうに笑ってくれる。
英実は少し身を乗り出すと、山本さんの目を真っ直ぐに見つめる。
「山本さんも幸せになって下さい!」
「え?」
「うーんと、幸せになって下さい。じゃないと怒りますからね。」
面食らった顔をしていた山本さんが、くしゃりと笑う。
「・・・はい。」
「お元気で!」
車がゆっくりと走り出す。
振り返ると、山本さんが大きく手を振っている。
赤い屋根に光が反射して、山本さんがスポットライトを浴びた様にくっきり浮かび上がって見えた。
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