梅花の頃

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水曜日。 英実はいつものファミレスに陣取っていた。 人がまばらな店内には、同じ様に受験生と思われる子達が数人いる。 高校3年生の冬はほとんど授業がない。 お陰様で、英実はここ数カ月、自分の勉強に集中することができた。 ぱらぱらと本をめくる。 『うん、手応え良いな。』 英実は一人頷くと、思いっきり伸びをする。 勉強を初めた当初はどうなることかと思ったけど、人間死ぬ気で取り組めばできることもあるらしい。 「おーい、口開いてるよー。」 「うわっ。」 慌てて口を閉じる。 見ると、今来たらしい泉がすぐ傍に立っていた。 泉は英実の前の席に座ると、机に広げてあった本を覗き込む。 「わー・・・。見てるだけで頭痛がしそう。」 「そう?慣れると楽しいよ?」 「そうなのかなあ。」 難しい顔で泉が本を覗き込む。 すると、ちょうど良いタイミングで静香も姿を現した。 「ごめん、お待たせ。」 「ううん。私も今来たところ。」 改めて2人の顔を見ると、2人とも疲れた表情をしている。 ちょうど今が受験の山場。 私立受験が終わると、今度は国立受験が待っている。 特に静香は国立志望だから、まだまだ道のりは長そうだ。 「2人共、体調大丈夫?」 「うん、ま、疲れてはいるけど。」 泉が苦笑する。 「それより、英実は?もう耳の調子良いの?」 「うん。右耳は全快って訳ではないけど、左耳はばっちり。」 Vサインを作ると、2人共ほっとした様に笑った。 「まだ通院はしているの?」 「うん。週に一回。」 山本さんの家から帰った後、英実は即病院に戻された。 お医者さんは外泊が延長になったことには少し怒っていたけど、英実の回復の兆しには喜んでくれた。 その後も投薬治療を乗り越え、ようやくほぼ全快の状態になっている。 「もう、入院生活は当分やだなあ。」 英実がぼやくと、くすりと静香が笑う。 「そう?案外充実してそうだったけど。あんなに集中して勉強できる空間はないわよね。」
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