萌芽の頃

2/7
1892人が本棚に入れています
本棚に追加
/188ページ
大きく息を吸うと同時に、目の前のエレベーターの扉がすっと開く。 一歩踏み出すと、懐かしい工房は夕方の光で満ちていた。 思わず立ちすくんでいると、近藤さんが目ざとく声をかけてくる。 「英実ちゃんじゃないか!久しぶりだねえ。」 「ご無沙汰しています。」 「ずっと来なかったから心配してたんだよ。」 「すみません・・・。勉強に集中していて。」 「そっか、受験生だもんなあ。」 「あの、肇さんは?」 「奥にいるよ。」 近藤さんがにかりと笑うと、奥に向かって『おーい!可愛いお客様が来たよ。』と大声で叫ぶ。 「ちょっ、近藤さんったら。」 途端に心臓がバクバクと暴れだす。 「いや、高藤さんは集中すると周りが見えなくなるからさ。これくらいでいいんだって。」 全く気にしてなさそうな近藤さん。 むっとして文句を言おうとした時、『パタン』と扉が開く音が聞こえる。 英実は一瞬頭の中が真っ白になる。 それから。 ゆっくりと、音のした方を見る。 肇さんがいた。 夕日に照らされて、肇さんの漆黒の瞳がより深い色に染まっている。 思わず息を飲む。 「いらっしゃい英実。」 「・・・はい。」 会ったらどうなるんだろうって、ずっと考えていた。 どんな気持ちになって、どんなことを言うのかなって。 現実は。 動けないし、何も言えない。 ただただ、甘くて切ない気持ちに胸を締め付けられるだけ。 肇さんが少し笑う。 「話があるんだろう。おいで?」 「はい。」 近藤さんが不思議そうに私を見ていたけど、言い訳する余裕すらなかった。
/188ページ

最初のコメントを投稿しよう!