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「今見えてるのは、あくまで村の一部。皆が泊まる宿はここからだとちょっと見えないかな」
そよぐような風に髪を揺らしながら、由奈さんは煙草に火を点ける。
「へぇ、ここが由奈さんの暮らしてる村かぁ……」
間延びしたように呑気な口調で、部長がしみじみと呟いた。
「そう。古い言い伝えを残す寒村、藤咲村。……この村を知る人の中にはその言い伝えを皮肉って藤を裂く村、なんて読み方をする人も少しだけいるけどね」
ふぅ、と吐き出された煙草の煙が中空をさ迷い霧散していく。
「藤裂き村……?」
由奈さんが告げた内容に、桜が僅かに不穏な表情を浮かべる。
「気にしないで。特に何があるわけでもないから。さ、あとほんのちょっとで宿に着くよ。荷物置いたら、村唯一の自慢でもある巨大藤の場所にも案内してあげる」
にこりと笑いながらそう言って、由奈さんは煙草を携帯灰皿で揉み消す。
そして、大きく伸びをすると運転席へと引き返した。
「巨大藤か。どれほどのものなんだろう、楽しみだなぁ」
「部長、何だかんだ言って普通に旅行楽しむつもりじゃないっすか?」
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