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「ま、これが現実よ」
なんだかよくわかってない様子のカゲを背に、アヤネはまるで降参を促すように、手のひらをひらひらとする。
当然、僕は引き下がらない。
「だが、それはお前たちがただ単に誤認しているだけだ、事実とは違うだろ」
「でも、世論がこの状況で、『自分はハッカー』なんて言うのは、犯罪を自供してるのと同義だと思われてもしかたないのも事実でしょ」
「それはそう思う側の認識を改める必要があるだけだろ!僕は、ハッカーは犯罪者じゃない」
これが、僕の、そしてハッカーの魂の叫びだった。
ハッカーであることを知られることで、まるで犯罪を犯しかねないかのように扱われる、これは耐え難いこと。
しかし、世論は非情だ。
「そうだとしても……さっきあんたはクラッカーとハッカーが別だって言ったわね。それも、定義としては曖昧な話」
「く……」
「クラッカーとハッカーの違いは、知識をどの方面に使うかだけ。言い方を変えれば、クラッカーはハッカーの中の悪いことをする奴。そして、ハッカーはクラッキングすることも可能……」
アヤネの背の空が、淡く陰りを見せ始めた。
威圧、次に続く言葉が出てこない。
定義の問題は、ハッカーとクラッカーの区別をする上で、大きな壁とも言えた。
確かに、クラッカーもハッカーとしての知識があり、アメリカなんかでは逮捕されたクラッカーが、政府や企業と契約して生産者側に回ることも多い。
そして、ハッカーも何だってできる、その上で、犯罪を犯さない信念を持って生産する側を選んでいるが、クラッキングが可能な点は変えようのない事実だった。
自分の信念を語りたいが、語ったところで答えは見えていた。
『そんなもんが定義になるとでも?』と。
「それでも……」
だが、僕は僕の思いを伝えたかった。
この、いちいち突っかかってくる、性格の悪い、今は僕の口から降参宣言が出るのを待っているであろう女に、たとえ鼻で笑われるとしても……。
しかし、その時ガチャリ、とドアが開く音が、僕の思考を遮ることになる。
「やぁ、遅くなってスマンな若い衆」
入ってきたのは、ちょっと不清潔感漂うボサボサの髪の、30くらいの先生。
パソコン同好会顧問で理化学教師、『諏訪部 誠』だった。
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