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「さァ、覚悟はいいな?」
『…うん』
夕日の射す、俺たち以外誰もいない部屋の中。じっと猫のような瞳で俺を見つめる黒が、にやりと笑った。俺の返答に満足したように頷いて、手にしていたスマホを耳に当てる。
ついさっき、しれっとした顔で黒がポケットから俺のスマホを取り出したのには驚いたけど(誘拐するときスられてたらしい)。
―…黒が現在進行形で掛けている相手は俺のおばさんだ。あの良くも悪くも優しすぎるおじさんが、誘拐犯からの電話にまともに受け答えできるとは思えなかから。
ハンズフリーになっているために無機質なコール音が急かすように鳴り響く。
…それにしても、と。
こんなのんびりしてていいのか。なんて、俺は大きなソファーに身体を沈めながら思った。
―…黒が車を停めた側にあった、大きなビル。そこは黒の仕事先だったらしくて、カードキーを所持していた黒の案内で俺は中に連れられた。
中は、何というか。一言で言うと、学校の職員室みたいで。
ステンレスのデスクが並べられている様子は普通の会社のようだったけど、壁にはいろんなポスターやシールが貼られていて、大きなホワイトボードにはメモの走り書きが連なっている。そして、決定的に普通の会社と違うのが……この私物の多さ。
例えばあのデスクの上には、マンガ一切を禁止されてた水沢家育ちの俺でも知ってるワンピー○や銀○が所狭しと並んでいる。
向こうには、デスクから今にも溢れそうな化粧品やアクセサリーの数々。
あっちはどこかのジムと錯覚するような、大量のウエイト用品。ダンベルに、筋肉モリモリのお兄さんが表紙を飾るスポーツ雑誌。
……ここ、何の会社なんだよ。
と不思議に思いつつ、今まで目にしたことがない光景に自然とわくわくしてくる。これだけでも、今まで俺が見てきた世界がどれほど狭いのか思い知らされた気がした。
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