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その質問に何も答えず、楽しげに笑う黒にじれたおばさんの、ヒステリックな声が部屋に響いた。
《ねぇ!聞いてるの?!》
「あァー?聞いてっけどー?」
《っ、だから!本当に大丈夫なのよね?!》
「警察は身の代金要求のない誘拐事件は早々に打ち切るだろうし、ましてや陽には肉親がいねーし、…それに文句つけるやつもいねぇだろ?」
《……どこかで見つかったりしないの?》
「私立小に通ってるよーなお坊ちゃんたちが来るような都心に住むつもりはねェし、成長期の男子なんて顔も背丈もすぐ変わるだろーよ。それに加えて服装も変われば、もう誰も陽に気づけやしねーよ。」
押し黙ったおばさんにとどめをさすように、「戸籍や国民保険なんかはそういう業者でどうとでもいじくれるから、問題ない」と黒が淡々とした口調で言い放つ。
そろそろ、交渉も終わりそうだな。
ほとんど黒が一方的に話して、言いくるめてるって感じだけど。
ふう、と息をつくと黒がちょいちょいと指で合図してきて、それに首を傾げて俺は近づいた。
『…?』
「じゃあ、最後だし陽に代わるねェ」
『は?』
《……えっ!!?》
スピーカーから聞こえてくるおばさんの声と、俺の驚く声が重なる。
相変わらず、愉しそうにニヤニヤしている黒を軽く睨む。
ほんと、何考えてんの。この人。
渡されたスマホを、ため息をついて耳に当てる。
《………陽、くん》
『おばさん。』
《!》
『今までお世話になりました、おじさんにどうぞよろしく。さよなら、』
―…もう二度と会うこともないでしょう。
言い終えると同時に電話を切った。
刹那、隣からパチパチと軽い拍手が聞こえてくる。
「最後のメッセージとしては、良かったんじゃねェ?」
『……あっそう』
「まぁまぁ、ほら」
そう言って、黒がゆらりと右手を差し出してくる。
一瞬、
ヘラヘラとした顔がまじめになって、そのあまりの綺麗さに息を呑んだ。
それも、ほんの一瞬だったけど。
次には、もとの感情の読みとれない表情に戻った黒がゆっくりと微笑む。
「これから、よろしくなァ。陽」
――だから、俺も負けないように笑い返すんだ。
『よろしく、誘拐犯』
さぁ、非日常のような日常の―――
―はじまり。
差し出された、右手を掴んだ。
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