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『あの、』
「じゃあ、自己紹介すっかァ」
意を決して、口にしようとした台詞を遮られて俺はぽかんとする。
このひと、何て言ったの。空耳じゃなかったらこの状況に不釣り合いな単語が聞こえて来た気がする。
『え、え?自己紹介?』
「まずはお前からね。名前、年齢、趣味、特技、俺に一言。はいドーゾ」
…これはもう空耳でもなんでもなく自己紹介させられる流れだ。有無を言わさないその口調に、しばらく逡巡していた俺は、訳も分からないまま口を開く。
『……み、水沢陽。年は、12。趣味は読書で特技は料理。ひとこと…、何で俺を誘拐したのか教えてほしいです』
「おー、いいねェ」
『はあ…それはどーも』
おかしいだろ。と思いつつ礼を言う。
案の定、最後の一言には返答がこない。誘拐されてから、この人のペースに巻き込まれてばかりだ。疲れるけど、それよりも。それに慣れつつあることに、ため息が出てしまう。
「俺は、黒。黒って呼んでいーよ。年は19で趣味はまァ、いろいろ。特技はない。……そんで、陽、お前に一言ね。
――――お前のこと2000万円で買ってやるっつったら、どーする?」
……。
『――――――は?』
余りにも予想外すぎるその台詞に、一瞬遅れて俺は声を上げた。
陽、と初めて名前を呼ばれたことや、全然自己紹介になってないそれに驚いて、肝心の最後の一言の意味を理解するのに遅れた。
いや、そんなことより。
『……2000万?買う?』
「そう。…水沢陽。5歳の時に両親を事故でなくして、天涯孤独になった。駆け落ち同然の両親から生まれたお前を引き受けたがる親戚はいなくて、仕方がなく世間体を気にした弟夫婦に引き取られる。そして、ヒステリックで意地悪なおばさんと妻の機嫌を常に伺ってる頼りないおじさん。お前を見下す学校一の優秀な義兄。そんなやつらに七年間冷たく扱われて、心の安らぐのは親友の桐生グループの双子といるときだけ。金には不自由しないし、安定はしている。いつの間にか、冷たく扱われてもどうでもよくなってきた。―――だけど。」
そこで、やっと誘拐犯……黒はやっと台詞を止める。そして、ゆるりと笑ってみせた。それはそれは、妖しく。だけど、無邪気に。
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