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「何故か、すごく息苦しい。分からないけど、抜け出したくて、たまらない。―…違う?」
問いかけ口調なのに、確信を持った澄んだ瞳が俺を映す。
『…っ、はは』
俺の喉から乾いた笑いが漏れた。
何で分かるんだ、とか、見透かされていることへの驚きとか、不安とかいろいろあった。俺は咄嗟に誤魔化すことができなかった。
黒曜石みたいな、澄んだ瞳に見つめられて、――――…嘘がつけない。
『…よく、調べてるんですね』
「まァね」
『抜け出したい、って言ったらどーしてくれるんですか』
「言っただろ?お前を買ってやる、ってさァ」
髪をからめとるように、細い指で掬ってくる黒に目を細める。今俺は、この男に甘やかされている、と感じた。
なに、ほんと何なのこの人。と、俺は脳内で思考を巡らそうとして、やめた。意味不明だし、謎めいている。そもそも俺はこの男について何も分かっていない。だけど、
『あの家から出られるんなら…それもいいかもね』
「上等」
精一杯、いつも通りの表情をつくった俺に、こころを見透かしたような黒がまたケラケラと笑う。なんだか俺も口元がゆるんだ。
ひとしきり笑った誘拐犯が、俺の目を見つめて悪戯に口角をあげた。
「じゃあ、ほんとの作戦会議のはじまりィ。あ、敬語はもうナシね」
『…ほんとの?何それ』
「決まってんだろ?あの水沢家の性悪おばさんから、金引き出す手順についての会議だよ。どうせならなるべく愉しくやりてェじゃん?」
『身の代金要求を、愉しく?』
「あーもう身の代金じゃねェけどな。陽はもう返すつもりねェし」
陽が了承してくれてよかったァと、喉を鳴らして満足そうな誘拐犯に、俺は小さく頷いた。
会ったばかりの、それも誘拐犯で、俺のこと調べ上げてて、挙げ句の果てには買うとか言ってるオカシイ男。しかも、予想通り未成年。
信用できるところが一つもねぇのに、もう逃げ出そうなんてこれっぽっちも思えない。
何故だろうか。この男……黒が俺にとって大きな存在になる、そんな不確定な、根拠もないそんな予感がしていた。
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