【四年前の】交渉と新たな日常【追憶】

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黒が俺の手を握ったまま、ゆっくりと口を開く。 「あんたさァ、多分勘違いしてる」 《な、なんのことよ》 「“これ”は身の代金じゃねェってこと。2000万円で陽は俺が“買う”んだけど」 《なっ……!!?》 黒が猫のように目を細めて、淡々と言った言葉におばさんが息を呑んだ。 誘拐って時点で非現実的すぎるのに、その誘拐犯に引き取るなんて言われたら驚くのも当たり前だ。 ―…なんて、こんな状況なのに俺が落ち着いていられるのは、黒がいるからだ。きっと。 そう思って、ふと黒を見上げると、漆黒の瞳が意外と近くにあって、思わず息が止まる。その瞬間、俺の手を握る、黒の力が強くなった。なんっか…恥ずいんだけど。 「あんたもさァ、正直陽のこと邪魔に思ってんだろ?2000万円で厄介払いできると思えば安いもんじゃねェ?」 《っな、》 「おまけに、誘拐されたならお宅らが心配している風を装うだけで、世間体も守れる。――言うことなしだろ?」 …うっわー。 好き放題言ってくれるな、こいつ。 呆れて、小さく息を吐けば。そんな俺を見て、黒が投げキスをしてくる。 …ばーか。 《…………。そんなこと、できるの?》 沈黙の後、聞こえてきたおばさんの声に黒がにやりと口角を上げる。 「あァ。勿論」 《警察にすぐ見つかったりしないのよね?》 「日本の警察は誘拐事件に関しては動き出しが遅く、捜査能力にもいまいち欠けている。身の代金要求があれば動き出すけど、あんたが警察に2000万円のことを言わずに、陽の行方不明だけを伝えれば間違いなく捜査を始めるのは一週間近くかかってからだ」 《行方が分からないと……、それだけ言えばいいのね 》 「そう。この陽のスマホも通話が終わり次第、ちょっと危ない人たちに依頼して探知できねェように処分するし。あ、2000万の振り込みに関してはあとで連絡するんでェ」 《…本当に、本当に、大丈夫なのね?》 おばさんの声は淡々としている黒とは対照的に、高揚しているのか、震えていた。
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