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「あの、す、すみませ……」
耐え切れなくなったように、存在感の薄かった美濃部が呟いた。
暑くもないのに頬が紅潮している。
「あら良いのよー、なんて言われたって私掃除が好きだもの」
「り、立派だと思います」
へこへこと頭を下げる彼に、あははと芳恵が豪快に笑う。
「どんなに綺麗な会社でもねー、汚れは必ずあるのよ。それをいち早く見つけ出して取り去る。放っとくと会社全体のイメージが悪くなるでしょ。見てる人は見てるもんよ。
こんな私でもそんな役割があるんだーって思うと、つい燃えちゃうのよねえ」
美濃部は、細い目を丸くして聞き入っていた。
本気で彼女の話に感心した様子だ。
遠くから、また一つ足音が聞こえてきた。
先ほどより重みを感じる足音は、やはりこの休憩スペースで止まる。
「おーい、休憩時間もうすぐ終わるぞ。次の研修の準備始めてくれ」
営業の田辺部長だった。
刑事のようないかつい顔が、四人の顔をぐるりと見わたす。
「はいっ」
高岡と森は背筋を伸ばし、スイッチが入ったように従順な新入社員となる。
美濃部も残りのジュースを慌てて飲み干す。
「あの……それから」
さっきとは打って変わって、申し訳なさそうな調子で田辺部長が切り出す。
「掃除夫はちゃんと雇ってますから、結構です。何度も言うのは恐縮ですが」
「あらー、良いのよ好きでやってるんだから」
初めて、三人全ての視線が芳恵に向けられた。
「それに私、どんなに隠れた汚れでも見つけ出すのが大得意なんだもの」
「しかしですね」
部長が頭を下げ、上目遣いに言う。
「社長夫人にこんなことをされては、わたくし共が落ち着きません」
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