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芳恵は掃除が好きだ。
汚れが自分の手によって取り除かれたとき、心のモヤモヤまですーっと消えていくような気がするから。
「――でさぁ、超疲れたよマジで~」
遠くから若い男女の声が聞こえる。
うららかな春の午後、芳恵がとある大会社で、休憩スペースの床を磨いている途中の事だった。
背もたれのないソファと三台の自動販売機があるこのスペースは、特に汚れがひどい。
コーヒーのシミや菓子屑はもちろん、ガムが落ちていることまである。
頑固な汚れであればあるほど芳恵は燃えた。
床を這いつくばり、すでにシワだらけとなった顔の眉間に更なるシワを追加する。
集中すると周りが一切見えなくなるので、このときも、床しか映っていなかった視界に革靴が割り込んでくるまでは、誰かが近づいてきたことすら気づかなかった。
「ばーさん聞こえてる?」
苛立ちを含んだ声に、芳恵はやっと顔を上げる。
見ると、爽やかそうな風貌の若い男が顔をしかめて見下ろしていた。
スーツに付けられた名札には『高岡』と書かれている。
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