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オリエンテーションを制したハルミは、とても上機嫌で表彰台へと上がる。
牢獄では寝る前にいつも、スピーチの妄想だけは欠かさずに行っていた。
歴史的な名言を作ってやろうと意気込みながら深呼吸。
司会進行、そして実況も難なくこなす囚人男性が笑顔で話し出した。
「なんと今回。 こんな小さなオリエンテーションのために特別な人物に来ていただきました」
ハルミの顔が凍り付く。
「皆さん、拍手でお迎えください。 優勝者を讃えるためだけに来てくださったのは、アレク=シュタイン騎士団長です!」
険しい目付きで現れたのは、赤い鎧を身に纏うアレク。
仕事で来ている彼は、まさかハルミが優勝者とは夢にも思っていなかっただろう。
トロフィーやメダルなどは無いが、代わりに騎士団長の握手によって讃えられる。
「……おめでとう」
「あ、ありがとうございます……」
二人の間に気まずい雰囲気が流れた。
そんな事情を知らない囚人達は、口笛や拍手で讃えている。
とても大きな歓声に包まれているが、ハルミは微妙な気持ちで目を逸らしていた。
アレクが来た理由はこんなオリエンテーションのためではない。
今日、ハルミが出所する。
迎えに来たという訳ではなく、とある人物に会わせるためだった。
ハルミと会いたがっている人物がいる。
地下牢の中でも奥深くの独房に閉じ込められている女が、ハルミとの面会を希望していた。
本来であれば決して許されないことだが、その女は言わずと知れた権力者。
騎士団長の付き添いということであれば、という条件付きでそれは許可された。
「みなさん」
ハルミが囚人達に向かって優勝インタビューをしている。
「自分は今日、出所します。 ですがみんながハンカチを縫い続ければ、気持ちはきっと伝わります」
もともとハルミはこんな表舞台に気軽に立てるような男ではない。
舞台裏に下がらずに、インタビューを観察しているアレクをチラチラと気にしながら、ハルミは続けた。
緊張は頂点に達する。
「ハンカチのことは嫌いになっても、俺のことは嫌いにならないでください」
最後の最後で、ハルミは言い間違えた。
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