最終話【就職活動】

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鉄格子の奥にある顔を見た途端に嫌なことを思い出してしまった。 ハルミはこの女が嫌いだ。 「うわっ……」 よく見ると両手首と両足首に繋がれていると思われた鎖は、釘に直結している。 釘は彼女の手首足首に打ち込まれていた。 生々しい鮮血の跡が痛々しく残っていて、思わず目を逸らしてしまう。 「ハルミや。 何故、目を逸らしたのかしら」 グラデシアがティーカップをテーブルに置いて話し出した。 痛みを感じていないはずはない。 それなのに彼女は涼し気に笑っている。 「……痛くないんですか?」 「痛みは当然、感じます。 しかしこれしきのこと、騒ぐほどのことかしらね」 腕を動かすだけで痛みが走るはずなのに、彼女はティーカップを口元へ引き寄せる。 辛そうに目を背けたハルミを見兼ねたアレクが口を開いた。 「彼女は釘を打ち付けられるその瞬間も、一切表情を変えずにその様子を観察していた」 身を切り裂くような激痛の中でもグラデシアは優雅に微笑む。 ハルミが気にする必要はまるでない、アレクがそう告げた。 ハルミは自分だったらどうなっているかを想像していた。 きっと泣き叫んでいただろう。 では誰よりも強いリリィだったらどうなっていただろうか。 怖くて痛くて泣き出すに違いない。 「これしきのこと、と仰いましたよね」 ハルミがようやく目を向けて話し始めた。 「あなたは強い」 「違うわ。 弱いから負けたの」 「違う。 強いあなたがーー強い者が上に立って、弱い者に自分が出来ることを強いるから、みんな壊れていくんだ」 グラデシアは頭にハテナを浮かべている。 使用言語が違うかのようなすれ違い。 彼女はハルミが言っていることを理解できていないようだ。 「では弱い者が上に立てと? そんなことができるわけないでしょう」 この話題はまったく噛み合わずに終了した。
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