最終話【就職活動】

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ハルミにはその答えがわからなかった。 わからなかったというのは少しだけ語弊がある。 何色を答えれば正解なのかはわかるが、どうしてそれが正解になるのかがわからなかった。 「この世界でこの問いがわからないのは、あなたとレリュートの二人だけ。 ああ、そういえば彼は死んでしまったのね」 色を付けるにはキャンパスが必要だ。 そのキャンパスが無ければ、筆を取っても色付けることなどできない。 「国に染まらぬ、無色のハルミや。 あなたは選ばなくてはなりません」 キャンパス本来の色は白が多い。 文字を書くために使う色は黒が多い。 だがそんな道具があったとしても、無色を色付けることなどは絶対にできない。 「あなたは就職すれば色に染まる。 染まってしまえば、魔物とも天使とも今のような関係は決して築けない」 残酷な事を言われてしまった。 就職しなければならない立場にありながら、就職すれば魔物とは関係が拗れてしまう。 就職したらリリィと一緒にいることはできない。 グラデシアは暗にそう言っていた。 「就職して、リリィと別れないっていうのは……」 「それは無理よ。 あなたに自覚が無くとも、向こうが変化に気が付くから」 黒が混在して白が内包する世界。 下地があればいいのだが、しっかりとした土台は無いだろう。 「どっちつかずの灰色に染まってしまったあなたを、リリスエルダが魅力的に感じるかしらね」 からかうように笑うグラデシアがパイプを置いてカップを取った。 独房には到底似付かない高価そうな白いカップを口元へと運んでいる。 そして彼女は黒いパイプを手には取らなかった。 「自分は、自分のやりたいように進みます」 「へえ」 「どうなるかなんてわかりません。 でも」 ハルミがその場から立ち去りながら告げた。 「あの子は魔王になると決めた。 だったら俺はリリィを魔王に育て上げるだけです」 二人は聞こえているのか微妙な距離まで離れてから、ほぼ同時に呟いた。 「さようなら。 灰色の王女」 「ではね。 無色の反国者」 いつの間にかカップの中の紅茶は冷めてしまい、パイプの葉に燃える火は消えてしまっていた。
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