最終話【就職活動】

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とある定食屋の扉が開いた。 氷のような髪色に、冷たい眼光の女が中を覗き込む。 「親父さん。 ここはペット同伴しても大丈夫?」 戦争でほとんどの家屋が壊滅した王都では、食事ができる場所は貴重だった。 幸いにも破壊されることを逃れた定食屋。 目の濁った少年が百人ほどの革命軍を自害させたために、この定食屋一帯は無事に残っている。 「ああ、いいよ。 前にモグラを連れてきた奴らもいたし」 フライパンを片手に喋る、ねじり鉢巻をした職人気質の親父が言った。 食べたいヤツには食べさせる。 それが親父の職人魂。 「虫なんだけど、いいかな」 「虫!?……いいよ、連れてきな」 この職業をやっていると、どうにも変わった客を良く見ることになる。 入ってきたのは確かに虫だった。 人間にも見えなくはないが、どちらかといえば虫。 しかし世界にこれほど大きな虫はいないだろう、というほどに大きい。 背筋が凍りそうになるほど冷たい口調の女が連れてきたのは、そんな人間サイズの虫だった。 「まったく、人間は食事を取らないと動けなくなるから困る」 カウンターに座った女が虫にそう言った。 そのセリフはお前が言うことではないだろう、親父が心の中でツッコミを入れる。 「それで、急に何の用事ですか?」 どうやら虫は喋るらしい。 喋るモグラもいるくらいだし、それくらいでは親父は驚かない。 「自我を取り戻せて良かった。 おめでとう」 「ああ、どうも」 出したお冷で乾杯をする二人。 他に客がいなくて良かった、親父が不思議そうにその光景を見ていた。
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