ふなたまっ!

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 三笠さんが生まれたのは1899年か1900年か、あるいは1902年なのかは知らないけど、その時代に比べれば比較にならないほど街に本は溢れかえっているのだろう。  三笠さんが本をギュッと胸元で抱いた。 「この本は土佐光信が描いたと伝わる絵巻を写したものでね、百鬼夜行絵巻の代表作とされるものなのさ。最後の場面で『空亡(くうぼう)』という妖怪が出てきてネットなんかじゃ最強の妖怪なんて言われているけど、実際は最近人の手によって生み出された妖怪で――」 「おおぅ」  ダムが決壊したかのように熱く語りはじめる三笠さんだった。戦艦が本好きというのはちょっとイメージしにくいのだけど、私は『戦艦なんだから~』と人の趣味に口を出すようなマネはしない。大和の生活態度には口を出すが。  ……しかし、これ以上絵巻やら『空亡』やらの話題に付き合うのは色々と大変そうだったので本題に移ることにした。 「三笠さん、いつものコーヒー豆を戴きたいのですけど」 「あぁ、はいはい。量もいつも通りでいいのかな?」 「お願いします」 「ちょっと待っててくれ」  三笠さんは車イスを器用に操りながら店の奥へと消えた。『手伝ってあげた方がいい』と私の中の良心が仕事をしていたけど、そういう同情とも取られかねないことをすると三笠さんは不機嫌になるので何もしない。おそらくは聯合艦隊の旗艦として皇国の興廃を一身に背負ったプライドがそうさせるのだろう。  本来なら豆なんてものは業者に頼んで買い付けするものだし、うちもほとんどの豆はそうしているのだけど……。三笠さんが焙煎する三笠コーヒーは(高価だけど)逸品で、他では手に入らないからこうしてときどき顔を出している。あと、うちに居候する船魂たちの現状報告か。 「お待たせ」  きぃきぃと。車輪を軋ませながら三笠さんはこちらに戻ってきた。軋んでいるのは車イスが古いからかそれとも……。いや、体重が何キロかなんて聞いたら30cm砲(という名の拳)が飛んでくるので沈黙を保つ。うんうん、三笠さんはほっそりとした美人さんだ。 「……何か失礼なことを考えてないかな?」  鋭い! 「し、失礼なことなんてそんな。ただ、三笠さんはほっそりとした美人さんでいいなぁと思っただけですよ」
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