第1章 孤高の狗狼(オオカミ)

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ワイワイ…ガヤガヤ……!! ――夜の頃。 此処は人里より離れた処―人も知らぬ妖怪の溜まり場―酒場。 夜は妖怪等が最も盛んな活動時間。 その為、この酒場は毎日の様にどんちゃん騒ぎである。 酒を大量に注文し飲み干す妖怪(モノ)、今日(イチニチ)の事象に浸る妖怪が居れば愚痴る妖怪……――また、1人で飲み食いする妖怪……。 「よぉ、マスター」 「ん?」 “マスター”と呼ばれ振り向いた店主。 彼の名は氷水 忠幸(ヒスイ タダユキ)である。 「あぁ、ナナシか」 と、彼が口にした名は眼まで覆い被さる程の長髪に、その頭には獣の耳を生やし、犬にも似たフサフサの尾を生やしている妖怪を示していた。 『名無し』では無く『ナナシ』――イントネーションが違うだけで、意味も異なってしまう。 さて、ナナシは相変わらずのつまらなそうな表情を浮かべ、マスターの前の空いているカウンター席――特等席に座る。 「今日も何時もヤツか?」 「いーや、俺の取っって置きのヤツ」 「お?良いのか?」 「あぁ、構わねー」 彼の口元が綻びる。 その意味にマスターは納得したようで、一時カウンターキッチンから離れ、裏手へ。 戻って来た頃には、手には貯蔵庫でゆっくりと寝かせた酒瓶が握られていた。 ――これがナナシのお気に入りの酒。
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