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「月末に母の七回忌があるんだ。その時までには元に戻すよ」
今度は秀樹君が言い訳する。
「そうだよね。お母さんが驚いちゃうから、早目がいいね」
私は無賃乗車と言われている状況も忘れて、浮かれていた。
「あれっ、あー君は確か……」
やっと気付いてくれたのか、直樹君が言った。
「はい。松宮高校でニコ上だった中村紫音と言います。あれっ、気付いてなかったのですか?」
私は少しがっかりしながらも勢い良く頭を下げた。
「ねえ君、どうして此処に居るの?」
「さあ……私も何が何だか解らなくて」
「あっ、そうか。引っ越し先から乗って来たっとことか?」
業者の人は言った。
「はい、そうみたいです」
きっと私は長尾家の前を通った時、引っ越し現場に出くわして……
(ん!? そのままコンテナに入り込んだ? んな馬鹿な!?)
私の頭は益々混乱していた。
「あー、もしかしたら中村さん。お爺さんに何か頼まれた?」
「え、何をですか?」
「だから俺達の世話をしてくれだとか……」
(あっ、もしかしたらお手伝いさんか何かと勘違いした? どうしよう? 知らないうちに此処にいた。なんて信じてもらえないだろうな?)
私は本当のことを言うかどうか躊躇っていた。
「あーそうか。爺さんのことだ。俺達に自炊は無理だと思って頼んだのか?」
(えっ!?)
その言葉に驚いた。確かに聞いた声だった。
さっきまで思い出せなかったのに……
それは、一つの結論になった。
「あー、思い出した。君は羽村大(はむらひろし)君だ」
私は高校を卒業してからも、直樹君の姿をグランドのフェンス越しに眺めていたのだ。
甲子園への出場のかかる夏の大会。
松宮高校野球部は新聞記事なので取り上げられることが多くて、朝練などで走る川沿いのフェンスは常にごった返していた。
元プロレスラー《平成の小影虎》の息子達を見ようと集まってきた人達だった。
その頃の野球部はキャプテンの直樹君の元で纏まっていた。
その中にありながら、人一倍元気な掛け声を出していたのが羽村大君だったのだ。
大君は、チームのムードメーカーとして松宮高校を甲子園へ導いた立役者だったのだ。
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