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「えー、俺のこと忘れてたのか? 酷いよ直のことはすぐ思い出したのに……」
大君はご機嫌斜めだった。
「仕方無いよ。同じ顔がいきなり二つあれば、誰だって思い出すよ」
私はもじもじしていた。目の前には大好きな長尾直樹君がいるからだった。
松宮高校を卒業した時、もう逢えなくなると思って寂しかった。私は本当に直樹君が大好きだったのだ。
(帰りたくない)
私は陽菜ちゃんには悪いけど、直樹君の傍に居たくて仕方無くなっていた。
「はいそうです。私は頼まれて来ました」
私は嘘を言っていた。何が何だか解らない。
でもやっと逢えた直樹君と離れ離れになるなんてイヤだったのだ。
「よし解った。そう言うことなら早速引っ越しの手伝いしてもらおうかな?」
大君が言ってくれたので大きく頷いた。
その時、引っ越し業者の二人が睨んだ。
「すいません。私、この二人のお母様に頼まれてまして」
必死に言い訳をする私を直樹君が不思議そうに見ていた。
「あー、やっぱり!!」
「何なんだ?」
「ママがついて来た」
そう言った直樹君の横で秀樹君も青ざめていた。
「えっーーっ又かー!!」
大君までもが悲鳴を上げた。
(な、何なのよ!?)
私は訳も解らずただ呆然としていた。
三人は何を思ったのか、私が本当にお手伝いさんとして来たと勘違いしたようだ。ただの口から出任せだったのに。
でも、それだけではなさそうだ。三人の私を見る目が何かおかしい。
それが一体何なのか、私は考えあぐねていた。
その時私はある事実を思い出した。私はすっかり忘れていた。
いや、上の空だった。月末に七回忌の母親から頼まれるはずがなかったのだ。
直樹君がビックリするのは当たり前だったのだ。
ドキドキしていた。気が動転していた。三人の目が気になる。
私は意気消沈しながらも其処にいるしか手がなかったのだ。
私は三人に案内されて庭に向かった。其処は荒れていた。
フラワーデザイン装飾技能士三級の血が騒ぐ。私の夢だった、自分の育てた花の花屋さん。此処で試してみたくなったんだ。
「ごめんなさい!! 私が頼まれたのは、家事じゃないの。庭の手入れなの」
私は嘘の上に嘘を重ねていた。
大好きな直樹君と離れ離れになりたくないから此処に残る訳ではない。
私は心の中で言い訳をくりかえしていた。
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