いつもの日常

3/8
前へ
/54ページ
次へ
人懐っこい笑顔で話かけてくれる。 「はい。増川さんは」 「おれ?まだゴタゴタあって、まだ帰れへんねん」 大阪出身なので関西弁で話す。大阪に誇りがあるらしく「東京の人間はな」と言い出したりするが、盛り上げ上手で気が利く。 「それより、課長いた?」 事務所に課長がいると、仕事を振られる上に八つ当たりもままあることで、自然と空気が重くなる。 定時に帰宅など、社員ではありえない。事務所に顔を出す事が決まりなので、帰宅する社員を捕まえて仕事をふるのだ。 私は、しがないパートなのでそのようなことはないのが嬉しい。 「あ、事務所におられませんでしたよ」 言うと、増川は顔を綻ばせた。 「よかった。悪い人じゃないねんけど、空気悪くなるやろ?」 「緊張感ありますね~」 正直言うと課長は苦手だ 「胃が痛くなるわ。そうそう、それよか」 長身をかがめて声をひそめる。 「平、おった?あいつも、無愛想であいさつせーへんやろ」 平というのは、ついさっき事務所で退社の挨拶した時に、無視してきた男性社員である。 「あいつな、課長がいると、ちゃんと挨拶しよんねん」 事実だ。黒縁メガネの中から目も合わさないでモゴモゴと挨拶する。 ちょっと皮肉っぱさは否めないが、冷静な判断とデスクワークの速さは一目置かれている。 「そういえばあいつな……」 平と増川は同じ係長で、平が無愛想なデスク派なら、増川は話好きの現場派。違う部署同士なにかと対立ではないがくすぶるものがあるのかもしれない。 「この間もな」 お互いの部署内のテリトリーとの共通部分のスペースの取り方で揉めたらしい。 「そんでな」 ちょっと話が長くなるのが、彼の癖の一つだ。 先手を打たないと、巻き込まれるかもしれない。 「増川さん、ちょっと予定があるので、上がらせてもらいますね」 予定などはじめから無いが、できるだけ申し訳なさそうな顔で、しかし断定系で断る。 素直な彼は、すぐに開放してくれた。お疲れ~と手を振ってくる。 彼に軽く会釈しながら、離れる。 なんだかなぁ。と軽く思いながら肩に下げていたカバンをかけなおし、一息ついて歩き出す。 さて、予定などないが、このまま帰るのは早いしな。 などと思っていると気になってた映画が公開された事を思い出した。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加