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『我が主っ!貴方こそ早く!』
無理だ。どちらかしか逃げることはかなわない。
この暗い渓谷を全速力で飛翔魔法を繰り、漸く逃げ切れるかどうかと言う所。その速度でニルが駆けたならレイチェルの力では振り落とされてしまう。
スタミナはきっとあちらに分がある。ここを根城にしているのならば、地の利もある。
そしてなにより、逃げ切る前にエルフの里に着いてしまったのなら甚大な被害をもたらす。
ここで、倒さなくては。
「セルリアぁっ!!逃げてっ!!」
レイチェルが泣きそうな声で弓を引き続ける。カンカンと弾かれる音がしてそちらの方にゴリアテボアは標準を定めた。
「ニル!いけないっ」
魔力が頭部に集まって行く。ゴリアテボアは魔術なんて物は使えない。しかし、内包した魔力を塊にしてただ敵にぶつけると言うスキルが使える。スキルと言うには余りにお粗末、けれど、この濃い闇の魔力漂う渓谷で長年体内に蓄積された魔力がいかなものか。そして、それが直撃したなら。
「間に合え、間に合えっ!」
考えなくても分かる。
飛びながら、防御魔法を平行して詠唱する。
「スキル・紫眼発動っ」
反動など構っていられません。紫眼を発動すると一段と飛行速度が速まる。巨体を抜けると、既に黒角に集まった魔力が放たれる直前まで膨れ上がっていた。いつかのブレイズドラゴンのランスと同等の密度に感じる。あの時は師匠とマスターが一緒だった。護ってくれる人達がいた。
今は違う。僕が護る側だ。
「光の聖霊たるウィル・オ・ウィスプに希う」
あの時、僕は最後まで障壁を維持出来なかった。薄れてゆく意識の中、マスターはギュッと抱き締めてくれた。いつも小さな僕を決して大きくない背中に隠し立ちはだかってくれた。
「我の背に集いし弱き者、そのすべてを邪なる闇より護りし神聖なる光を貸し与え賜え」
僕に二人を護れるだろうか?
今度は止められるだろうか?
迷うな、今は……。
「ブォオオオオオォォォオッ!!!」
僕にしかできない!
「セイクリッドシールドっ!!!」
光の盾が展開し、瞬間ズドンと言う衝撃音。身体を巡る魔力が急速に失われていく。
「あ゛ぁあああっ!!!」
口から言葉にならない咆哮をしていた。こんなに大きな声出るんですね、なんて言うちょっとした驚きも浮かんですぐに消えました。
黒く重い指向性のない暴力的な魔力の塊、押し潰されそうな圧力が身体を襲う。魔力の節約など気にしていられない程の威力です。その闇と光の魔力がぶつかり合った余波で周囲の岩が音を立て砕けていく。
後どれだけ保つのか。じわりじわりと広がる焦燥。ひたひたと近づく生命の危機。
絶望。
ダメだ。
マスター。
そうだ、マスターなら何て言うんだろう?
『大丈夫よ、セっちゃんなら出来るわ。信じなさい』
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