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「…………。」
稔麿は、
ただ緋色の話を聞いていた。
…やがてゆっくりと唇を開くと、
静かに言葉を紡ぐ。
「君って馬鹿でしょ。」
思わず、
がっくりと肩を落とした。
(…確かに…吉田さんに話した私が馬鹿だった…)
そんな事を思いながら緋色が顔を上げると…
目の前には、
綺麗な顔で微笑んでいる稔麿の姿がある。
思わず目を見開いた緋色に、
稔麿は静かに口を開いた。
「それは、それぞれが持つ“想い”が違うからだよ。」
その言葉に、
緋色はただ彼を見つめる事しか出来なかった。
「たとえば…君が持つ“信念”とか“想い”とかそういうものが、俺の持っているものと違うように…人には人それぞれの考えや想いがあって、同じものはほとんどない。…ま、似通ったものはあるんだろうけどね。」
そう言って、
稔麿は遠くを見つめる。
「だから、全てが“思い通り”には進まないんだ。…同じ“想い”なら、それは簡単だっただろうけど…そうはいかないから“想い”同士がぶつかりあう。」
淡々と紡がれたその言葉に、
ずきりと緋色の胸が痛んだ。
…分かってる。
いや…
分かりきっていた事だ。
全ての人が同じ「想い」で生きられる訳じゃない…。
もしそれが出来たなら、
誰も「争い」など起こしはしないのだから。
・・
「…でも、それがあるから“人”なんだよ。」
その言葉に、
緋色は思わず目を見開いて顔を上げる。
稔麿はわずかに微笑した。
「誰しもが不安に怯えて、苦しんで、傷付いて…それがない人なんていないんだ。…だから皆、それぞれの“想い”でぶつかりあう。…たとえ、それで傷付く事があったとしても…それでも、相手に自分の“想い”を知ってもらいたいから。」
そう言って稔麿は、
緋色の髪を優しく撫でながら告げる。
「そうして人は、他人の“痛み”も分かるようになるんだよ。」
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