適任者

8/52
前へ
/52ページ
次へ
今までも何回かジャンプを経験した。 その度に、「私」の身体がけいれんでもしたかのように、激しく震える。 心の喜びもあるだろうが、身体が、身体全体の細胞が、ジャンプに成功したことを知ったために起こる現象だと思える。 やはり連動しているのだ。 密な関係にあるのだろう。 意図的に切り離すことは、身体にとっても重要なことなのだ。 ――あと一回か。 そう、おそらく、あと一回ジャンプすることができれば、長かった日々のトレーニングは、そこでようやく終わる。        ・ 「私」は、あれ、を最初に体験した時のことを、今でもよく覚えている。 忘れもしない十歳の時だ。 学校から帰り、居間でテレビを見ていた。 奥の台所では、母が晩御飯の支度をしていた。 とんとんと、リズムカルな包丁の音が私の耳に届いていたと、記憶している。 その音を聴いているうちに、いつのまにかうとうとしはじめたのだが、ふと気がつくと、私のすぐそばに母が立っていたのだ。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加