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夏だった。しかしそこは寒かった。白い雪が全てを覆う、真冬のような景色だった。
そこに、一人の男がいた。まだ若い男だった。暖かそうなコートを身にまとっていた。黒い靴以外、マフラーや手袋、毛織の帽子まで全て青っぽい色合いだった。荷物は肩掛け鞄一つだけだった。
若い男は立っていた。ただただ立っていた。遠い街明かりを見つめて、立っていた。若い男の吐く白い息だけが現れては消えていった。
そこは暗闇だった。空は厚い雪雲に覆われていて、今にも降り出しそうだった。
男はまだ立っていた。
しばらくして、男は何かを感じたように空を見た。遠い空に一つ、小さな明かりが見えた。男が素早く右の人差し指を空に向けた瞬間、男の隣に一人の若い女が立っていた。男の肩ほどの背丈の女だった。
男は街明かりを見つめたまま、女の右手首をつかんで目を閉じた。次の瞬間、二人はもうそこにはいなかった。
*
「ふぅ…。寒かった」
一人の若い男が古い暖炉にへばりついていた。
「……」
そんな男の姿を見ている一人の若い女がいた。
「…ライ…」
遠慮がちに女が言うと、男は女の方を見た。
「…あ、久しぶり。元気だった? よくここが分かったね? あ…コート類はハンガーにかけといて」
女は曖昧な笑みを浮かべてカーテンレールにかかっていたハンガーを取った。男も暖炉から離れて防寒具を脱いだ。
「コーヒー? 紅茶? 砂糖ないけど」
「紅茶でお願い。砂糖は持ってきた」
女がゆっくりとソファに腰をおろした時、男は紅茶を二人分浮かばせてきた。紅茶をテーブルに置くと、男は軽くお辞儀した。
「シェリィ・アーコイ様。我が家にようこそ」
「ライアル・ブレッド様。ご丁寧にどうも」
女は笑って答えた。そして一言付け加えた。
「砂糖は用意しておきなさい」
甘いものだけは大嫌いな家主である。
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