あたしと先輩の夏休み最終日

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「彩菜ちゃん、君も大変だなぁ」 そう葉瑠先輩が呟いたのは、後ろの古時計が時をお知らせしてから少し経った頃だった。彼女を笑う茶色の木目が埋まってしまう程に机いっぱいに広げられたプリントを見つめ、葉瑠先輩はため息をつくようにそう言ったのだ。彩菜は1、2ヵ月程前に覚えたはずの公式を頭の何処かからサルベージしながら、「葉瑠先輩は楽そうですね」と今にも泣きそうな声で呟いた。 「まぁ、私は宿題捨てちゃったからね」……やる意味ないし。と彩菜には聞こえないほど小さな声でひとりごちた彼女は、幸せそうにキコキコと音をたてながらページをめくった。「うぅ……あたしも捨てちゃえばよかった」あなた達は要らない子なのよ、と言いながら黙々と空白を埋めてゆく彩菜に、余計なお世話だと言わんばかりに窓から入った一抹の風が反抗期のプリントを数枚拐って床へと散りばめた。 「……要らない子なんていうから」 「うぅ……」 床と密着して思いの外うまく取れないプリントを拾い集める彩菜を見ながら、葉瑠先輩は楽しそうに笑っていた。それにやる気を削がれたのか彩菜は「ちょっと休憩です」と誰かに報告をしてからブラックじゃないほうの珈琲のタブを開け、喉を潤す。 調度読み終えたのか、葉瑠先輩は手に持っていた本を机の上に置き、桜のような艶やかな唇から「ふぅ……」と小さく息を吐いてみせた。
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