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絵を眺める。向日葵。瞬時にあのアトリエに戻った錯覚に陥る。
『気に入った?』
『うん!』
優しい声、笑顔。あのとき私は絵が気に入ったのか、あの男のヒトの雰囲気が気に入ったのか、未だに分からない。
「お気に入りいただけましたか?」
「え?」
丁寧な台詞。先輩よりトーンの高いハスキーな声で問われた。思わず振り返る。
「……」
私は声に詰まった。だってそこにいたのは、癖のある長髪、背のある、男のヒト……。ツバのある黒い帽子を被り、白いシャツを着崩してたラフなスタイル。柔らかな笑みを浮かべ、私を見る。
「各務と申します。個展に足をお運びくださりありがとうございます」
そう丁寧に挨拶して名刺を差し出した。そして私の隣にいた先輩にも同じく名刺を差し出した。
「とても素敵な絵ばかりで。優しい色合いで目移りします」
「お褒めいただき恐縮です」
「透明水彩というのは……」
先輩は何事も無く、男のヒトと話をする。私は金縛りに遭ったように身動きがとれなかった。激しく鼓動を打つ自分の胸が痛くて、それを耐えるのに必死だった。
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