prologue 

2/4
2167人が本棚に入れています
本棚に追加
/338ページ
 ……退屈だった。 「初七日も四十九日もまとめて」 「そうだな、その方が……」  子どもに取って親族の葬式など退屈だ。そのときまだ10歳だった私は居間を抜け出して長い廊下に出た……初めて来たお屋敷を探検するためだ。初めて会う祖父、といっても遺体なのたが、それが安置されている和室、洋間と続いている台所、広い洗面所、そして……階上へ続く階段。古く、あまり手入れの行き届いてない木造の家、その階段を一段上るとギシと音を立てた。2歩目は自然と忍び足になる。洋間から母が追いかけてこないのを確かめて残りの階段を一気に駆け上った。  昼間だと言うのに窓が少ないからか2階の廊下は薄暗い。でも探検隊としては申し分ないシチュエーションだ。 「ん……?」  廊下の奥、つきあたりに1本の細い光が差し込んでいた。ドアと壁の隙間から太陽の光が漏れている。探検隊の私はまるでその光の筋に導かれるように歩いた。  目の前まで来て、その隙間をのぞく。眩しさに思わず目を細めた。 「まぶし……え、画用紙?」  その明るさに慣れてくると、視界に現れたのは自宅の子ども部屋の何倍もある広い空間。そこに並べられた沢山のイーゼルと絵。私は無意識に手を伸ばしてドアノブを引いていた。吸い込まれるように中に入る。  その広い洋間には絵が沢山あった。絵といっても厚みのあるキャンバスに描かれた油彩画ではなく、小学校で自分が描くような画用紙。幾つかはイーゼルに、他は壁に立てかけ られ、床にずり落ちている画用紙もあった。乱雑。画用紙を踏まないように中に入り、一枚拾うと眺めた。向日葵の絵。 「キレイ……」  普段自分だって紙と絵の具で絵を描く。でも子どもの私の目からしても色の違いは分かった。学校の絵の具のようにペンキのような不透明なものではない、花から出た色水を塗り重ねているような繊細な色合いだったから。その美しい色彩に私は動けなくなった。初めて見る絵画というものに、私は魅せられていたのだ。  カタン……。背後で何か物音がした。
/338ページ

最初のコメントを投稿しよう!