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体がぴくりとした。怖かったけどそれも探検の醍醐味だと、私はワクワクしつつ恐る恐る振り返った。
「それ、気に入った?」
いたのは鼠でもお化けでもなく、大人の男のヒトだった。背は高く、肩ぐらいの長髪は緩やかにカーブしていた。多分、くせっ毛。母もそんな髪質だったからそう思った。
「これ、オジサンが描いたの?」
その男のヒトは右手に筆、左手にパレットを持っていたから。
「ああ」
「これ……絵の具?」
「ああ。でも小学校で使うようなマットじゃなくて透明水彩」
「ふうん……」
透明水彩。イメージとしてピタリと合った。色の付いたセロファンをちぎり絵のようにして貼ったらこんな感じだと思った。その男のヒトは持っていたパレットから筆で色をすくい取り、その画用紙に筆先を乗せた。フワリと触れて離して、再び触れて離して。明るい黄色の上に群青のような色を乗せて、そこは淡い緑色になった。
「て、手品みたい!」
私が驚くと男のヒトは柔らかく笑った。優しそうな声、顔。なんか素敵なヒトだ、って感じた。
そのときだった。廊下のほうからドンドンと足音がする。
「未映子! 何してるの!!」
母は怖い顔をして扉から覗いていた。突如いなくなった私を心配して怒鳴ったのだろうと思った。でもそれにしても、怖い……。
「行くわよ、ほら、何してるの!」
「うん」
「ちゃんとおとなしくしてなさいって言ったのに」
「ごめんなさい」
私は手を引かれ、その洋間から出て階下に連れ戻された。
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