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「そしたら、河合の部屋に見に行ってもいいの?」  先輩は私の顔をのぞき込んだ。 「……はい」 「じゃあ、いい絵を選ばないとね」 「そうですね、一生モノですから。結納金で買っていただくんですし」  見上げていた私の顔と先輩の顔の距離が近づく。先輩は、キスしたくなる、と呟いて姿勢を元に戻した。先輩が絵を買うことに前向きになり、私は胸をなで下ろした。これで堂々と各務の個展に行ける。そして向日葵の絵を買える。各務に……堂々と会える。  高崎の駅は活気に溢れていた。ホームも多く、新幹線も止まる駅。埃のゴミゴミした空気は都会の新宿の街を思わせた。品のある静かな前橋とは違って、商売の熱気が伝わってくる。周りに合わせて私の足取りも速くなった。改札を出て、先輩とバス乗り場を探す。会場のイベントホールは郊外の国道沿い。時計を見れば午前11時、もう個展は始まっている。私が絵を買い付けに来たと知ったら、各務はどんな顔をするだろう。早く、会いたい……。  イベントホールの目の前でバスを降りた。先輩が先に降り、私が降りるのを手助けするように手を差し出す。バスのステップを降りきったあとも先輩は私の手を取ったままだった。先輩との近い距離に少し違和感を覚える。まだ、付き合い始めたばかりの異性だからだと思った。
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