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 先輩は両手でその名刺を受け取った。そこには、各務蓮アトリエ事務所、販売、久保田紫乃と書かれている。 「大宮の個展で拝見して彼女が気に入ったものですから、こうして」 「まあ、ありがとうございます。大宮とさほど変わらないけど、ゆっくりご覧になって」  女性は受付のテーブルから目録を一枚取り、先輩に差し出す。あたかも私がいないみたいな彼女の振る舞いに私は少し苛ついた。先輩は私の肩を抱き、前に進む。 「河合」 「はい」 「彼女と知り合いだったのか? なんだか険悪ムードだったけど」 「実はあの翌日にも個展に出掛けて。素敵な絵だからもっと見たいって言ったら、売るための個展だから見るだけならお引き取りくださいって追い返されて」 「そうだったのか」 「だから買いたいんです」  私は嘘をついた。各務の存在が気になったからと正直には言えなかった。幼い頃に祖父の家で見掛けたヒトの正体を知りたくて出向いたとは言えなかった。だって、そう説明したら私が喋ったことを先輩は悪気もなく母に話すだろう。そもそも各務の絵を買いに来たことだって母には隠さなくてはならない。  先輩は一度受付の方を振り返り、そんなキツいことを言う女性には見えないけどね、と呟いた。絵は風景画や花の絵を中心に数十点あった。その中にはこないだ描いていたバラの絵もある。B5のノートほどの大きさ、2輪の茎は空に手を伸ばす子供のように上に伸びている。 「バラの絵も素敵だね」 「はい。でももっと大きな絵が欲しいです」 「分かってる」
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