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「作品にはお手を触れないでいただきたいのですが」  その、私の手首を掴んでいた手を見つめる。男の手だ。指は細く白く、先輩の手とは違う。私はその手をたどるように上へと視線を送る。 「か……」  各務。各務蓮。私は咄嗟に俯いた。 「あ、ごめんなさい。つい……」 「いえ」  各務は掴んでいた私の手首を離した。何故だろう、その手首が熱を持ったように熱い。再び自分の鼓動が耳に付いた。高鳴る胸、早い心拍。床の、各務の靴を見つめたまま、私は顔を上げられない。何故。 「人違いでしたらすみません。確か大宮の会場で」 「はい。大宮で各務さんの絵を拝見して彼女が気に入ったものですから」  先輩と各務はは何事もなく会話を始めた。大宮より数が多いとか、バラも描くのかとか、海外にも描きに行くのか、など絵に関するたわいもない話。私が姪であるとか、私の母と確執があるとか、私が前橋のアトリエまで押し掛けたことは一切触れなかった。私は掴まれた左の手首を右の手首で押さえた。強く掴まれた訳ではないのに、そこは熱くて……。  直に久保田という女性が来て、販売の話を始める。展示中の作品は個展が終了してからの発送になる、予約したい場合は手付け金として代金の1割を前払いすることなど、説明している。私はその間も顔を上げられず、各務の足元を見ていた。
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