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バスに乗り高崎駅に戻る。そこから電車とバスを乗り継ぎ、伊香保温泉に向かう。山間の景色はちょうど新緑の時期を迎えていて、先輩は綺麗だとか爽やかだ、と感嘆している。私はそれに相槌を打ちながら考えていた。いや、考えたくなくても浮かんでしまうのだ。掴まれた手首、傾げる各務、妖艶に語り掛ける向日葵。手足はだるくて棒のように感じるのに頭の中だけはグルグルと各務と向日葵の残像が交互に現れるのだ。
バスはキツい坂道を登り、バス停に止まる。そこで先輩と私はバスを降りた。テレビで見たことのある見上げるような石畳の階段、両脇に並ぶ土産物屋や旅館。一段一段踏み締めるように歩いた。そうでもしないと後ろに倒れてしまいそうだった。フラリとする足、フラリとする意識。
日帰り入浴のある宿を見つけてお風呂をいただいた。風呂を出る頃には日も傾き、ロビーに行くと外は薄暗くなっていた。夕暮れ。先輩は先に上がったのか、ロビーのソファで休んでいた。
「中田さん、待ちました?」
「いや」
薄暗くなったロビーに明かりが灯る。
「河合」
「はい」
「遅くなったし、どうする?」
「どうする、って」
「今からでも終電には間に合うけど、フロントに聞いたらキャンセルの部屋があるっていうから」
「泊まる、ってことですか?」
「ああ」
ソファに掛けていた先輩は優しい笑顔を浮かべて私を見上げる。泊まる……。
「お部屋は別々、じゃないですよね?」
「まあ……そうだな」
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